暮らしの余白と仕事の余白。

こんにちは。

京都で活動中。Ayurvedic life works planner のウオズミマイコです。

✔︎アーユルヴェーダとアクセスバーズでこころとからだを整えるトリートメント。

✔︎こころとからだを素直にしながらおもいをかたちにするアウトプット!

✔︎女性のための起業コーチングをしています。

「私らしく生きる・働くをつくるサロン」クウヤタンギを運営しています⭕️



暮らしの余白。についてはよく考えているけれど、仕事にも余白が必要なのだとしみじみ感じている。


このコロナ期間、思いっきり仕事に取り組めたこともあって、私は、自分の限界以上のものをやろうとする癖があることがわかった。

でも、その結果、目から出血をする🩸。

文章が湧いてこなくなる。

想像力が乏しくなる。

友人たちの素晴らしさを「スッゲーーー!」って素直に感動できなくなる。


息子の言動にイラッとしやすくなる。などがわかった。


そもそも、暮らし。というのは、仕事も含めての暮らしである。



仕事のコントロールなしでは、私の理想とする暮らしとはいえないのだ。

家事(家の内側)も、仕事(外側)も、いくらビジュアルで美しく見せたとしても、

蓋を開ければ、一つ一つが地味で淡々としたことなのである。


けれど、この淡々としたものを丁寧に取り組める人は、美しい人なのだと。

私は、経験から知っている。

この、地味な作業というのは、手間も、根気も必要なので、そもそも、余白がなければできないことなのである。



消費をする喜びは、この淡々としたものからの逃避でもあるように感じている。

限界以上の仕事をして、満足することもね。



この自粛期間、運動不足の解消のため、夕方、家族3人で散歩に行く習慣ができた。

近所の、商店街というには小規模だれど小さな商店が立ち並ぶ通りを目指して、

路地裏を通り、バラや紫陽花にかわいいね〜と声をかけ、

酒屋さんで、ビールを1本。

息子は駄菓子を2個。


帰りに、昔ながらのお肉屋さんで唐揚げを買って帰る。



もうすぐ、夕暮れ。太陽が、オレンジ色に染まる。

風で、木が揺れる。そういう瞬間が一番幸せなのだとわかった。

ということなのだ。





-Life works design salon- Kuyatangi

自分らしい生き方をデザインするコーチングサロン『クウヤタンギ』です。 思考や行動の整理を「コーチング」 日々のからだを自分で整えるスキルを「アーユルヴェーダ」 自分らしく、気持ちよく、暮らし、働きたいと望む 全ての女性を支えるサロンです。